酒と音楽と笑いと涙…時代は変わる

ソーシャルディスタンスで時代は変わるのか?

酒と音楽はつきものというイメージがありますが、この二つが揃うと、笑いと涙のどちらかがセットされますね。それは人それぞれなんだけど、だいたいの場合、人々が集っている場所には、この4つが…というイメージです。

大きなホールから、小さな路地裏のバーまで、連想されるのは、生きてる鼓動・熱量。

私はよく熱量とかパッションというワードを使いますが、これが人が生きているイメージで最も強く感じるものだからです。それは静かな内なるパッションの場合もありますけどね。

様々な鼓動が集う場所が、街の中、この星には無数にあります。

ソーシャルディスタンスという「新しいライフスタイル」とやらは、鼓動が消えてしまうような哀しみを感じます。それは、私の中では、とても乾いた哀しみなのです。

乾いた哀しみは、もはやあきらめに近いのかな

敵がウィルス。しかもどんどん変異しているという話ですからね。

いろいろなところから、いろいろな情報が流布されていますが、情報はどこかの誰かの利権につながる場合もあり、いったいどれが正しいのかわからない。

多分、確実に正しい「これ」っていうのはないのだろうと思います。その手探りの中で私たちは、ソーシャルディスタンスという新しいライフスタイルを余儀なくされていくのです。

ここ数日は、「あれはただの風邪と同じ、インフルエンザだって毎年、世界中でどれくらいの人が死んでると思う?」というような声も強く出始めています。そうなのか? そう思いたいのか? そう思わせたいのか?

わかりません。

何を言いたいかは、なんとなく想像つきます。

とはいえ、楽観視しすぎると自分だけが感染するのではなく、不特定多数に「自分が感染させていく」可能性が高く、その先の感染では死者が出てしまうということ。

(この記事はウィルスの記事ではありませんので、ザックリ書いてます)

が、とにかく、そんなこんなで、もうもとには戻れないのだろうかという乾いた哀しみと、あきらめに近い茫然自失的な絶望を感じています。

失望に心乾きすぎて、いささか茫然としているというかね。

 

さて、本題。

もう遠い昔のような、酒と音楽と涙と笑いの日々。

あの店で、あのホールで・・・と、そんな日々もありました。

いろいろな人のいろいろな人生が、そこで悲喜こもごも何も気にせず解放されて自然に癒されていった時間。そんな素敵な時間は、また戻ってくるのでしょうか。

肩を寄せ合って、腕を組んで、手を握り合って、耳打ちしたり大声で笑ったり、一緒に歌ったり踊ったり、そうして、それぞれの孤独を消化したり、心の傷みをしばし忘れたり、明日の英気を養ったりしてましたね。

また、こういう日々が戻ることを信じたいです。

ソーシャルディスタンスで、こういう場所、楽しめますか?(苦笑)

 

最近、好きでよく観ているのはドラッグクイーンの動画

ドラッグクイーンのビビーさんの動画です。

動画で観ているだけでも楽しい。

映画「ニューヨークニューヨーク」のライザミネリの有名な曲ですね。

ライザミネリとロバートデニーロでした。

宝塚歌劇団で舞台化してほしい映画です。

でもメインが男役の作品じゃないとむずかしいかな。

 

やはり音楽やお芝居は夢がありますね。

ドラッグクイーンの方たちのトークも素敵です。

動画を観ているだけで、ちょっと幸せな気分になりました。

ショーパブとか、結構好きで、何度か行ったことあるのですが、もう難しいのかな・・・。

また、素敵な鼓動が集まれる日々が来ますように。

とりあえず、ソーシャルディスタンス
さくら子@sosora
  • さくら子@sosora
  • さくら子@sosoraです。年齢高めの幕下ネットブロガーです。
    ちまちまと、ネットでお小遣い稼ぎしながら、パートタイマーで働くおひとり様シニアです。
    こちらでは、個人的に興味があること、好きなこと、ネットで買ったものなど、ネット関連、宝塚スカイステージ関連などをメインに、日常のエピを交えて更新しています。
    購入紹介品の感想は、あまり女性的なものはないかもなぁ。

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